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電球の思い出

2010年03月19日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


白熱電球の製造が中止されるというニュースを見ました。
大きな理由はCo2削減で
省エネ電球の製造にシフトすることのようです。


電球は昭和の匂いがします。


私が小さい頃
まだ卵が今より高級品で
“鶏卵店”というのがありました。

今みたいにパックなどなくて
木のみかん箱の中にモミ殻が入っており
その中に卵がバラけて入っていました。

卵を買う人は
モミ殻の中の卵を一個ずつ取り出して
電球の灯りに透かして、吟味して選ぶのです。

買った卵は
鶏卵店の人が上手に新聞紙で包んでくれます。
奇数の卵を包むのは難しそうに見えました。


お祭の縁日には
電球の灯りは欠かせない情景です。

金魚すくいの長い水桶は
ポコポコと空気の丸い玉が出て
小さな金魚の群れが悠々としっぽを揺らしながら泳ぎます。
その真上には、電球がふわっと灯っていました。


学校をサボりたくて
天井からぶら下がった電球に
体温計をつけたこともあります。

水銀がガラス棒の中で38度を越え
お医者様を往診に呼ばれた時は
注射より嘘がばれるのが怖くてずっと泣いていました。


切れた電球を取り替えるのは
父の仕事でした。

「ほら、もう大丈夫だぞ。」
「わ~い!明る~い。」

木製の丸い椅子に乗って電球を替える若い父は
そう背も高くないのに大きく見えました。


電球はその役割を終えようとするとき
明るさも薄くなって中のフィラメントがジジジジ…と
線香花火のように震えます。


♪ひか~るひかる東芝 まわ~るまわる東芝
♪みん~なみん~な東芝 東芝のマ~~ク♪


♪明る~いナショナ~ル明る~いナショナ~ル
♪みんな うち中 な~んでも ナショ~ナ~ル~♪


懐かしいCMソングですが
昭和40年頃、高度成長期の日本は
家の中が明るいことが豊かさのしるしだったのですね。


あの頃の
私の夢はなんだったろう…




Posted by kts-conweb at 14:25│Comments(0)めいさんの日記
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