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「脳死」は人の死か?

2009年05月18日
NikiNiki会員 どまりさんの日記から


「脳死」は人の死か?

といったようなテレビ番組が昨夜放映されており
この番組を見て色々と考えさせられた。



* * *

実は自分の兄貴も約二十年ほど前に交通事故で脳挫傷を起こし
脳死と診断された事があった。

その時は余命一週間以内と宣告されたのですが
兄貴の強い生命力により一旦は心拍数も低下し、
もう駄目だろうという時もあったが、
宣告された日を過ぎても心臓は停止せずに気がつけばひと月が経過していた

今で言う長期脳死の状態

当時入院していた大手総合病院でさえ
長期脳死は全く前例がなかったらしく
先生も看護師さんも、そして家族や身内も、ただ見守る事しか出来なかった。


確かに限りなく死の状態だったが
しかし、それでも時おり、かすかに口が動いたり
また、驚く事に涙を流す事だってあった。

そんな姿を見て、やはり家族としては脳死を人の死として認めたくはない。


そりゃ呼吸は出来なくとも心臓は動いてる訳だし
世の中には奇跡という言葉が存在する。

ひょっとすれば、いつかは目をさますのではないかという
限りなく0に等しい確率の希望と期待をかけて
家族や身内に限らず
看護師さんや先生までもが一眼となって看病を続けた。


しかしそんな努力もむなしく
事故にあってから4ヶ月と9日目の深夜に
肺炎をわずらい兄貴は他界してしまった。

その瞬間に家族に限らず
当直の看護師さん全てまでもが号泣して下さった事を今でもハッキリと覚えている。


しかしそんな中、自分は必死で涙をこらえた。

それまで引っ込み思案で内気な自分だったが
これまでに兄貴が必死で生きようとする姿を見て
自分自身も色々と学ばされた。


もっと自分自身、強く生きなくてはならない。

前向に希望を持って生きなくてはならない。


母子家庭であった自分にとって
今後、母親を支えられるのは自分しかいない。

自分が弱気であれば・・・
ここで涙を流せば・・・
母親だって支えていく事は出来ないだろう…と思い。

* * *


そんな希望や勇気は
例え脳死でも、生きていたからこそ貰えた話で、

これが本当に死んでいた人間から勇気や希望を貰う事が出来たであろうか?
…きっと出来なかったであろう。



そんな訳で自分自身は
脳死は人の死であるとは思えない。

しかしながらそんな中
臓器提供する事により救える命だってある。

でも、例え本人が臓器提供を希望してたとしても
家族自身が反対するかもしれない。


もし自分自身がそんな立場にあれば臓器提供をしたい気持ちはある。

しかし、もし自分がその身内の立場なら
やはり臓器提供は反対すると思う。


単に都合の良い人間にも思えるが
でもこれが現実となれば、誰しも、そうとう考えさせられるであろう。


日頃からこのような事について、
家族で、身内でよく話しあっておく事も大切かもしれませんね。



▼参考サイト

【風・「脳死」を再び考える】分かれる意見 着地点は(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090514/trd0905141340008-n1.htm

脳死(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%AD%BB

脳死と植物状態について(岡山県臓器バンクネット)
http://www.okayama-zouki.or.jp/noshi.html

脳死とは?(東京大学医学部附属病院 組織バンク)
http://uttb.umin.ac.jp/braindeath.html

脳死を考える(臓器移植の情報サイト トランスプラントコミュニケーション)
http://www.medi-net.or.jp/tcnet/tc_3/TC3index.html


Posted by kts-conweb at 16:01│Comments(0)どまりさんの日記
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