WHAT'S NEW かごしまは、鹿児島のあらゆる新鮮な情報を集めてご紹介しています。

あやかりたい人

2008年12月01日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


新庄剛志さんが大好きです。

ちょっと落ち込んだりした日には、
SHINJOがよく効きます。



めちゃくちゃポジティブ!
前向きで明るくお茶目。
チャーミングで人真似をしないおしゃれ。

生意気なくらい自分を信じ、
なりたい自分を演出し、
努力しているところは練習さえも見せない。
実はいつも真剣勝負。


もし私が幸運の女神なら、
そんなSHINJOを、必ずえこひいきします。
愛しちゃうかもしれません。


・大学生ソフトボールの始球式に呼ばれても本気で打ちにいく。
・常にオーラを出す練習をしている、ある日のオーラは162%
・背筋は鍛えない、見せない所だから。
・交通事故に9回遭う、トラックにぶつかっても3日で退院。
・観客のいない紅白戦でヒーローインタビューの練習も行う。



数々のエピソードを知ると大爆笑で、元気が出ます。
あやかりたい、
あやかりたい。

とはいえ、
冷静な分析能力も兼ね備えています。

>プロ野球の存在意義は、
>その街の人々の暮らしが少し彩られたり、
>単調な生活がちょっとだけ豊かになることに他ならない。
>by新庄剛志




ポジティブで前向きな考えができないときには、
SHINJOを処方します。(^^)


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
新庄 剛志(しんじょう つよし)

元プロ野球選手(外野手)。現在は実業家、クリエイター、タレント、画家。長崎県下県郡美津島町(現対馬市)生まれ。
1990年~2000年に阪神タイガースでプレーした後、2001年~2003年にはメジャーリーグに在籍。
2004年から日本プロ野球界に復帰し、北海道日本ハムファイターズに入団。
2006年にチームの25年ぶりのリーグ優勝、44年ぶりの日本一を見届け引退。
北海道日本ハム時代の登録名は「SHINJO」。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


新庄剛志公式HP
http://www.lhsf.jp/
  
タグ :新庄剛志

Posted by kts-conweb at 11:23Comments(0)めいさんの日記

帽子の箱

2008年11月12日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


子供の頃は、
空き箱を集めるのが大好きでした。


その中でも、
まあるい、帽子の箱が大のお気に入り。

父は私に帽子を被せるのが大好きで、
外に出るときには、
「帽子を被って行きなさい。」と
一言声をかけられていました。

でもなかなか、
箱に入れないといけないような帽子は買ってもらえなくて、
たまにレースやリボンが付いた箱入りの帽子を買ってもらうと、
嬉しくて嬉しくて、しようがありませんでした。



なんとなく
そんなことを思い出したのは、
別れた夫から電話がかかってきたから。


「箱入りの帽子が袋棚から出てきたけど、どうする?」

「捨てて頂戴。」

「そうか、僕が贈った物は要らんか。」

「いらないっ。」



そう言って電話を切ったものの、ちょっと惜しい気がしてなりません。


その方と結婚生活をしていた時に、クリスマスプレゼントは何がいいか尋ねられて、
「つばが大きいベルベットの帽子が欲しい」
と言って、プレゼントをしてもらったんだけど…


帽子はリボンがかけられたデパートの袋の中にありました。

「箱に入ってない帽子なんていらないっ!」

「君は箱が欲しかったのか!」



そうじゃないのよ。
箱に入った帽子の姿が好きなのに、そんなこともわかってくれないなんて!




価値観や感性の小さな相違が積み重なって、
結婚生活への苦痛が耐えられなくなってしまって結局・・。


私が結婚相手に求めるものは何なんだろう。

自分への答えが出ないまま、
改めてそんなことを考える寒い夜でした。  

Posted by kts-conweb at 14:14Comments(1)めいさんの日記

恋する男たち。

2008年11月05日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


“恋”ではないな…


とても大人な男性は、
愛する人ができるとこうおっしゃいます。

「彼女の役にたちたいんだ。」

人生も折り返し点を通過すると、
恋はそれまでの若いときの恋ではなく、

見返りを求めない“愛”の対象者に心をときめかせ、
気持ちが高鳴るのでしょう。


20代の頃は、
そんな気持ちは知らなかった。

30代の頃は、
仕事を一生懸命するために
家事や育児に、女性を利用しようとしていたかもしれない。

40代、50代、60代
一人ぼっちになった時、
女性を心から愛することを知ったなら、
その人の役に立つような男になりたい…

男はみんな、光源氏。


ちょっとそんなことを思った、
三日月の綺麗な深夜でした。


  

Posted by kts-conweb at 17:49Comments(0)めいさんの日記

朝からすんもはん・・・って?

2008年10月31日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


地域SNS全国フォーラムin佐賀がご縁で、
千葉県松戸市の地域SNS【ラブマツ】に入っています。

マイニキのなをさんが
管理運営をされているSNSなのですが…

【ラブマツ】ではもうすでに
46人のマイフレンドさんができちゃいました。(^^)

立派な、松戸WEB市民になっちゃいました。


やはり、ここは鹿児島をアピールせねば!
無理した鹿児島弁のタイトルで日記を書きました。


黒豚のとんかつを紹介した日記の
そのタイトルは…


「朝からすんもはん」

どうです!いかにも
鹿児島らしいタイトルじゃっどがな (`ー´)ヘヘーン


そうしたら、
【ラブマツ】のマイフレンドさんから、こんなコメントがありました。


「からすんもはん」ってナンですか?


( ̄□ ̄;)


「からすんもはん」って…




鹿児島弁は難しいですねぇ~(^^;)ゞ  

Posted by kts-conweb at 13:07Comments(1)めいさんの日記

『地域SNS』の持つ∞パワー

2008年10月21日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


私達がいつも楽しんでいるNikiNikiも、全国に200以上ある地域SNSのひとつです。

先日、その地域SNS全国フォーラムに参加してきたのですが、
内容について、ここで皆様にきちんとご報告致します。



へへ…
まだ頭の整理がつかなかったので… でも、忘れないうちに…



佐賀は県を上げて
知事直属の最高情報統括監のもと、
地域SNSを「新しいつながりを生み出す地域メディア」と位置づけています。
今回のフォーラムを主催した佐賀新聞は、佐賀の地域SNS「ひびの」を運営しています。

ひびのは、ITを活用した家庭教育応援など、
人と人とのコミュニケーションを通じて、情報やその価値を分かちあい、
新しい情報価値を作り上げていく、それを目的としています。

○驚き1
フォーラムには、地方自治体のご参加が多かったんです。
人と人との繋がりを再構築しないと、自治体は潰れていくという危機感をお持ちでした。

○驚き2
NikiNikiの評価が高かったんです。
みなさん、ニキバンドしてますか?よそのSNSは、ニキバンドをとても羨ましがっていましたよ。
これがあると、どんないいことがあるのか皆さんに尋ねられました。

街ですれ違ってもNikiバンドをしていれば、すぐにニキラーさんだとわかる。
私達には当たり前のことが、羨ましがられるんです。
もっとNikiバンドを大切にしようと思いました。

○驚き3
よその地域SNSでは、子育て応援団のような活動がすごく多いということです。
子育てや食育を含め、各地域が家庭教育の危機を感じている結果だと思います。
それは、中央省庁の助成事業だったりするのですが、
子育て世代が孤独にならないように、いろんなサポートを細やかにされておられます。

そのツールとして、地域SNSを使っているのです。


○心に残った言葉
今が世の中の転換期であることを、ご参加の皆さんが口々におっしゃってました。

↓特に心に残った言葉です。

未曾有の金融危機が、今、起きています。
毎日の食べ物にも、信じられない事故が続きます。
これは、世の中が変わろうとして、もがいているのです。

誰かに協力したら、何かが生まれる。
その関係性が、今から大切になると思います。

地域SNSは、いたわりあい、助け合い、自生する、
情報プラットホームになるのです。

その中から協同体系が偶発的に起き、
それが可視化されることによって個々に自信が生まれ
新たな循環が生まれます。

例えば、
観光資源とSNSがどう関わると地域が活性化するのか。

地域も今からボーダーレスになるでしょう。
鹿児島に住んでいる、佐賀Web市民がいてもいいのです。
それが地域力になるのです。



日常になっているNikiNikiが、
その「地域SNS」だとは、考えたこともありませんでした。

そしてこれを機会に、
少しはそんな大きなことも意識しようと思いました。

皆さんの、
優しくて何気ないコメントが積み重なると、
世の中を変えることができる!
ということだと思います。


知らないうちに、未来を担う、
素晴らしいNikiNikiになっていたんですね。



【2008年地域SNS佐賀宣言】

インターネットという道具が、
私たちに「共有」「つながり」というキーワードを示してくれました。
これは、この道具が多くの人の身近な生活へと広まる中で起きた、
人間らしさの再構築とも呼べるムーブメントです。

そして、この「共有」「つながり」こそが「もやい」そのものです。

もともと、地域には、様々な形での人のつながり、
人と情報とのつながりがあります。
ここに、SNSという道具を付加することで、
「つながり」の可能性はより高くなります。

さらに、この「つながり」をベースとした、
緩やかなネットワークの中で生まれる円滑な情報流通は、
新たな情報価値を生む地域メディアとして、
地域活力の源となっていきます。

このフォーラムに、全国各地から集結した私たちは、
地域SNSをはじめとした、さまざまなICTツールや手段を、
目的を定め、
そのために正しく使いこなし、
誰もが、心の豊かさを享受できる地域社会づくりに生かしていきます。

また、「地域SNS」によってもたらされる新しい価値を、
オンラインで、そして実社会で、
次につながる全ての皆さんと「もやい」していくことを、
ここに宣言します。


第3回地域SNS全国フォーラムin佐賀
参加者一同




◆SNSとは・・・
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(英語: Social Network Service, SNS)は、
社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスの事で、
代表的なものは「mixi」がそれにあたり、地域SNSには「NikiNiki」「ひびの」などがある。

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの主目的は、人と人とのコミュニケーションにある。
友人・知人間のコミュニケーションを促進する手段や場、あるいは趣味や嗜好、居住地域、出身校、
「友人の友人」といった自身と直接関係のない他人との繋がりを通じて新たな人間関係を構築する場を提供している。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
  

Posted by kts-conweb at 15:01Comments(0)めいさんの日記

痩せちゃうのよね~ε=(。・д・。)ふー

2008年10月10日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


「食べれば食べるほど、痩せちゃうのよね~」


私達の脳は意外と単純らしいです。


これを言い続けるとその人の脳は、

「食べる」→「痩せる」

という体質にさせるそうですよ。


私太ってるなぁ~と思ってる、そこの、あなたd ( ̄ ・ ̄)

いや、まぁ私もですが…^^;

こんな口癖はないですか?
↓↓

「何を食べても太るんです。」

「この一口が太るって、わかっているんですけどね~」

「水を飲んだだけでも太るんですよ。」


↑↑
その思考回路は脳が、

「食べる」→「太らなければならない」

の体質を作るらしいですよ。



言葉の力はすごいですね~♪

バナナが売り切れで買えない今こそ、みんなで言いましょう!


「食べれば食べるほど、痩せちゃうのよね~」

  

Posted by kts-conweb at 14:09Comments(0)めいさんの日記

お宅のパソコン環境は?

2008年09月25日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


ある電器屋さんでのひとこまです。


店員さん
「お宅のパソコン環境は?」



お客様
「自分の机がないものですからね、食卓の隅に置いているんですよ。」



店員さん
「いえ、あのぅ…」



お客様
「ご飯食べるときは邪魔で…
夫と二人だけなんですけどね、夫からメールを覗かれるのもいやで…」




見れば、私と同じくらいの年代の女性。


たった数年前の自分を思い出して
笑えませんでした。(^_^;)


  

Posted by kts-conweb at 11:01Comments(0)めいさんの日記

「すみません」より…

2008年09月10日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


「すみません」が、昔、口癖だったので、なるべく言わないようにしているのですが、
ついつい使っちゃう言葉。


◆すみません1

感謝の気持ちを表すとき、
とっさに、「すみません」と言っちゃう時があります。

すごくありがたいんだけど、ちょっと申し訳なかったかな…

そんなときは、
つい、「すみません」って言っちゃいます。


「すみませ~ん、いろいろお世話になっちゃってぇ。」

「ありがとうございます、いろいろお世話になっちゃってぇ。」


やっぱり、感謝の気持ちの方を、ちゃんとお伝えしたいなぁ。

ちゃんと、「ありがとう」って言えるように、日頃から言葉を選ばなきゃ。



◆すみません2

謝る時の「すみません」は、もっとあいまいな気がします。


「遅刻して、すみません。」

「遅刻して、ごめんなさい。」

「遅刻して、申し訳ありません。」


謝罪度…

すみません 70%
ごめんなさい 80%
申し訳ありません 90% 



無意識に、あんまり謝りたくないときに
「すみません」
って言っちゃってるような気がします。

「ごめんなさい」は、
一緒に頭を下げなければいけないし、

「申し訳ない」は、
場合によっては土下座ものかも…


すみませんって、あいまいな言葉なんだなぁ~。


  

Posted by kts-conweb at 14:34Comments(0)めいさんの日記

強い気持ち!

2008年08月22日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


日本ソフトボール、金メダルおめでとうございます。

感動しました。(T_T)



最後のオリンピックで最高の金メダル。

おめでとう!

ありがとう!



「オリンピックでは、気持ちが強くないと勝てない。」

上野選手の言葉です。


オリンピックは教えてくれます。


最後は
気持ちが強い方に勝利の女神が微笑むことを。


ボルト選手の靴は金色で、金色の靴の裏には

「100m金メダル」

そう書いてあったそうです。



「こうなるんだ」

そういう強い気持ちがどれほど大切か、
今度のオリンピックで見せてもらいました。


強い気持ちを持とう!   

Posted by kts-conweb at 14:46Comments(0)めいさんの日記

うさるの話

2008年08月19日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


めいさんのお向かいの焼き鳥屋さんの大将には、可愛いお孫さんがいます。

名前をさくらちゃんといいます。

名山堀のおじちゃん、おばちゃんたちは、みんな、さくらちゃんが大好きです。



ある日、
おじいちゃんがお向かいのお店のおばちゃんから、かわいいぬいぐるみをもらいました。

「うさぎとさるのハーフ、“うさる”っていうの。さくらちゃんに、あげてね。」

おじいちゃんは、翌日、さっそくさくらちゃんにうさるをあげました。


さくらちゃんは、すぐにうさるが大好きになりました。


どこに行くのでも、うさるをつれて行きます。

よごれたら、さくらちゃんのお母さんがうさるをおせんたくします。


さくらちゃんは、うさるがかわくまでまちどおしくて、
よく朝は、ぬれたままのうさるをつれてようちえんに行きます。


でもさくらちゃんにはなやみがありました。


ようちえんのみんなが、
うさるのお父さんとお母さんはどこにいるの?ときくから、
いつも困ってしまうのです。


さくらちゃんは、
お母さんに聞きました。

「ねぇ、うさるのお父さんとお母さんはどこにいるの?」

「さぁね…お母さんにもわからないわ。お向かいのおばちゃんに聞いてみるね。」

「うさるはお父さんもお母さんも、きっと北国で死んじゃったのかもしれないね。
 かわいそうなうさる、さくらがいつも一緒にいてあげる。」



さくらちゃんは、ますますうさるをはなさなくなりました。
よごれてよれよれのうさる、さくらちゃんのお母さんは困ってしまいました。

さくらちゃんのお母さんがそのことを話すと、お向かいのおばちゃんが言いました。


「うさるの家族をさがさなけりゃいけないわね。
 でもうさるは売り物じゃないから売ってないの。」

「こまったわ。」


「こまりましたね。」


そしてまたなん日かがすぎ、うさるはもう本当によれよれになりました。

「さくら、うさるを洗ってあげようね。」

「いやいや、お母さん。
 うさるはお父さんもお母さんもいないから、一人で物干しに干したらかわいそう。」


さくらちゃんのお母さんは、よごれてよれよれのうさるを洗ってあげたくて、
本当にこまってしまいました。


次の日に、
向かいのおばさんがさくらちゃんのお母さんを呼びとめました。


「うさるのお母さんがいたわよ。
 ふしぎなことに、お店のすみにおいている箱の中から、うさるのお母さんが出てきたの。
 さくらちゃんにあげますね。」



さくらちゃんのお母さんは、
向かいのおばさんのお店にいたうさるを、さくらちゃんにわたしました。


「お母さん、よかったね。うさるは一人じゃなかったんだね。もう、さみしくないね。」


それから、うさるはさくらちゃんのお母さんにきれいに洗ってもらって
うさるのお母さんといっしょに、ものほしさおで、太陽の光をいっぱいあびました。


うさるも、うさるのおかあさんも、とてもうれしそうでした。

さくらちゃんも、とてもうれしいのでした。


一番うれしいのは、さくらちゃんのお母さんかもしれませんね。


おしまい。


  
タグ :うさる

Posted by kts-conweb at 11:36Comments(0)めいさんの日記

NAGASAKI

2008年08月09日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


北京オリンピックが開幕しましたね。
世界の国と地域が平和の下に集まる、スポーツの祭典です。


63年前の今日、
昭和20年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下されました。


当時の長崎市の人口は24万人、
そのうち7万人以上の方が原爆で亡くなりました。



初めて長崎の原爆記念館に行ったのは、
小学校6年生の修学旅行でした。


初めて見る原爆被害者の写真は、目を覆うような酷いものでした。

溶けたガラス瓶、
つぶれたお弁当箱、
炭になったご飯、
11時2分で止まったままの時計、

焼け野原になった写真、写真、写真…


吊りスカートを履いていた私は、幼心に気分が悪くなりました。



修学旅行では平和記念公園にも行きました。
爆心地の近くにある公園です。

そのときに見たのが平和記念像です。

原子爆弾で犠牲となった人々へ冥福を祈りつつ、
世界平和を願ってつくられたブロンズ像です。

高さは10mほどもあります。

天を指す右手は原爆の脅威を、
水平に伸ばす左手は平和を、
閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈る姿といわれます。


平和記念公園では、
アイスクリーム売りが
チリンチリンとベルを鳴らしていました。



原爆被害者の方々、
戦災にあわれた方々の
ご冥福を心からお祈り申し上げます。


8月9日、
平和の有難さを噛み締め、
忘れてはいけない日だと思います。



世界人類が平和でありますように。


▼関連記事

HIROSHIMA(2008年08月06日)
http://niki2times3.ktstv.net/e5523.html  

Posted by kts-conweb at 14:01Comments(0)めいさんの日記

戦争未亡人

2008年08月08日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


私が生まれたのが昭和34年、

戦争が終わって14年経っていました。


子供の頃、近所に戦争未亡人が住んでいました。


18歳の時にご主人を戦争で亡くし、戦争中の空襲で自分の家族を亡くし
終戦後は亡夫の弟との再婚話を断って婚家にもいられなくなった、
手に職もないから遺族年金で暮らしているのよ。

と、母から聞いていました。


子供の私から見てそのおばさんは
まるで悪いことをしてしまったかのようにひっそり暮らしていらっしゃいました。


着ている服は地味で、ひっつめの束ね髪で、紅も引かず化粧気もありません。

でもなんとなく品がいい美しい方でした。


子供心にその儚げなおばさんに興味を持ち、
垣根越しにチラチラ覗いたりしました。


ある日、
そのおばさんの家の前で転び、膝を擦りむき
洋服を泥だらけにして泣いている私に声をかけてくれました。


家に上げてもらい、赤チンを膝小僧に塗ってもらいました。

濡れタオルで顔とスカートを拭いてもらいました。

泣き止んでもしゃくる私に冷たいサイダーを出してくれました。



おばさんの家には大きな仏壇があり、
そこにはおばさんより、うんと若い兵隊さんの遺影がありました。


床の間の上には、
昭和天皇皇后両陛下の写真が掲げてありました。


柱時計が、寂しくコチコチ鳴っていました。



その家から走って帰りました。

ありがとう、と言えたかどうか、覚えていません。


暑い暑い、夏休みでした。


そのおばさんは、その後、いつの間にか引っ越ししていました。


夏になって戦争番組が多くなると
そのおばさんのことをふと思い出します。



私の子供の頃には
まだ戦争が近くにありました。


世界人類が平和でありますように。






【参考資料】

第二次世界大戦の死者

東京大空襲の死者数は約10万人。
広島原爆の死者数は約14万人。
長崎原爆の死者数は約7万人。

ソ連人は1000万人~2000万人。
中国人は1000万人以上。
ユダヤ人は約600万人。
ポーランド人は500~600万人。
ドイツ人は約450万人。
日本人(1937年7月からの数)は約310万人。
インドシナは約200万人。
インドネシアは約200万人。
フィリピンは約110万人。
イギリス連邦は約60万人。
アメリカ人は約30万人。

第二次世界大戦の死者数=
軍人戦死者約2700万人、民間人死者約2500万人。   

Posted by kts-conweb at 16:42Comments(0)めいさんの日記

HIROSHIMA

2008年08月06日
NikNiki会員 めいさんの日記から


今日は
63年前、広島に原爆が投下された日です。


私は前々職で、原爆症認定訴訟に関わっていました。


原告、つまり被爆された方の話しを聴き取りして
陳述書にまとめる仕事をしました。


その方の話しは、壮絶でそして静かでした。


時には絵で示して下さったり、苦しい思い出に話しが中断したり・・・
それでも裁判のために話を聴かなければなりませんでした。


ピカを見たのはどの辺りですか?

どのくらい火傷しましたか?

髪は抜けましたか?

回りの状況はどうでしたか?


私の仕事の中でも
最もつらい仕事のひとつでした。


その方の話しをここで書くわけにはいきません。

ですが、
その方の話しを何日も聴いた経験から感じたことは、


戦争が、
原爆投下が
本当にあったという事実でした。


何万人という死者の数のその一人一人に、

生活があり、感情があり、夢や希望もあったということでした。


だから、命は尊いのだと思います。



最近は、
何となく、とか
誰でもいい、とか

理不尽な理由で人を傷つけたりする事件が多いように思います。


傷つけられる方の
人生や家族を想像してほしいと思います。



世界で唯一の被爆国の国民として世界の平和を心から願いたい、

どんな時でも願い続けたいと思います。






▼関連記事

・NAGASAKI(2008年08月09日)
http://niki2times3.ktstv.net/e5591.html

・広島市への原子爆弾投下(Wikipedia)
  
タグ :原子爆弾

Posted by kts-conweb at 14:01Comments(0)めいさんの日記

虹の見方

2008年07月17日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


小学校で習った虹の見方覚えていますか?

夕立が始まって約10分後、太陽を背中にして
空を見ると、
ほぼ虹を見ることができます。



私は夕立があると、
やった!っと急いで外に飛び出します。

鹿児島市に住んでいるので、
夕立の後の太陽を背にした方向といえば、
桜島の方角です。


時々二つ出ているときがあります。
副虹というそうです。


くっきりアーチの虹が出たときには、
ちょっとした感動です。


虹を見つけたらお願い事をしましょう。
何だか叶う気がしますよ。


あなたが虹を見ることに成功したら…

独り占めしないで、
虹の見方を子供や恋人に教えて差し上げましょう。



あなたの感動をそのまま見せてあげて下さい。


せっかくの夏ですもの、
今年の夏は、たくさん虹を見ましょうよ。



  
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Posted by kts-conweb at 15:19Comments(0)めいさんの日記

おふらんす帰り

2008年07月14日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


今日ははなこ先生の
フラワーアレンジメント教室
でした。



鳥籠の中の涼しげな草花達、
素敵でしょ♪



でも、
今までで一番難しかったです。


パリから帰国されたばかりのはなこ先生は
さらに感性に磨きがかかって、
お洒落なアレンジメントをご指導下さいました。



この鳥籠は
数も限定でしか入ってこないらしく、
花が終わっても
キャンドルをいれたり、
いろんな使い方ができるような、
そんな素敵な鳥籠です。


ありがとうございます。



何より今日一番の花は
「おしゃべりの花」でした。





パリのスナップを見ながら、
まだ見ぬ外国を想像したり
思い出したり♪



まるで絵はがきのような
はなこ先生のパリのスナップを楽しんだのでした。
o(^-^)o
  

Posted by kts-conweb at 16:57Comments(0)めいさんの日記

ろうそくの灯り・・7/5はキャンドルナイト

2008年06月30日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


夢を見ました。


ある日、
道に迷って
ひとつの大きな古いお城に入りました。


お城の中は
真っ暗闇でした。



手探りで…


最初の扉を開けると、
真っ暗闇でした。


そこは苦しみの部屋
その部屋の住人は
みんな自分が一番苦しいと
人の言葉が聞こえないくらい
うんうん大きな声で呻いていました。




次の扉を開けると
また真っ暗闇で
後悔の部屋でした。


そこの住人は
みんな自分を責めたてながら
自分を棘で刺していると言いました。




次の部屋も真っ暗闇で
悲しみの部屋でした。


そこの住人は、
目から流れ落ちる涙の湖で
みんな溺れかけていると言いました。




その部屋を離れて、
真っ暗闇の廊下を手探りして進みました。



躓いて…

足元を手探りすると
ろうそくとマッチが落ちていました。



マッチでろうそくを灯すと、

真っ暗な廊下は
目映いばかりの黄金の回廊でした。



廊下を戻りました。



悲しみの部屋に戻ると

小さなろうそくの灯りが照らしたのは
透明の美しい湖でした。


溺れかけた人達は
岸を見つけて丘に上がり、
悲しみを忘れました。




もっと戻って…

後悔の部屋を灯すと
そこは野薔薇が咲く美しい森でした。


みんな野薔薇のトンネルを歩き出し、
後悔を希望に変えました。




最初の部屋に戻ると…

みんなろうそくの灯りで
隣の人の顔を見ることができました。

あなたも苦しかったのね、と
隣の人の話に耳を傾けるのでした。


誰も人の悲しみを知り、
優しい気持ちになりました。




千年の暗闇も、
一本のろうそくの灯りでおしまい。






7月5日(土)はキャンドルナイト。   

Posted by kts-conweb at 13:16Comments(0)めいさんの日記

婿養子

2008年06月25日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


YouTubeで桑田圭祐さんを見てたら
桑田圭祐さんに似た顔の、
さえないS田さんを思い出しました。


高校3年生の頃、
画材を買うお金が欲しくて、
福岡のIデパートで“のし書き”のアルバイトをしていました。

まぁ、その頃はサザンオールスターズは
デビューしてなかったのですが…(笑)


今思えば桑田圭祐さんにちょっと似のS田さんは、
その売り場の係長です。


S田さんは同期の人達からいつも
「婿養子」と呼ばれていました。


呼ばれていたというか…
はやされていたんでしょうね。


売り場の懇親会のときも、
「婿養子!」と呼ばれて
上司や同期にお酌をしたりしていました。


その頃の私は幼くて馬鹿だったくせに
世界中の憂鬱を一人で背負ったような気持ちでいました。

その上不良だった私は、
大人の戯言がわずらわしく、
懇親会場のベランダにちょっと抜け出して、
ロングピースに火をつけました。

誰も見ていないことをいいことに、
シドヴィシャスの真似をして、
最高にポーズをつけて煙草を吸ってました。



突然、
お酒臭いS田さんがやってきたので、
慌てて煙草をもみ消そうとしました。


「誰にも言わないから心配しなくていいよ。」

「ごめんなさい。」


「それより、僕にも一本くれる?」


「どうぞ…」



「強いね、この煙草。」

けほけほ言いながら、
S田さんは無理して吸っているかのようでした。


しばらくの間、二人してベランダで
星空に向かって紫煙をくゆらせました。


「S田さん、婿養子って言われて、
 怒らないんですか?」


「本当のことだもの。
 怒ったって仕方がないよ。」



「…」

「愛してるんだよ、妻を。」


「そうなんだ…」

「一緒になりたくてさ。
 けど、婿養子じゃないと結婚させないって、
 あっちの親が言うもんでさ…
 僕、次男だから。」



「ふ~ん。」

「婿養子って言われるのは、
 僕が妻を愛していることの勲章さ。」



普通のさえないサラリーマンにしか見えなかったS田さんが、
急にかっこよく見えました。


「タバコ、吸うんじゃないぞ。」

「ごめんなさい。」


その日は
梅雨も終わりの長雨の、
一日だけの晴れ間だったように思います。


愛する人がいる大人の男性は、
強くて優しいな。


そう思った17歳の初夏でした。



  
タグ :婿養子

Posted by kts-conweb at 11:54Comments(0)めいさんの日記

誰でもよかった…

2008年06月09日
NikiNiiki会員 めいさんの日記から


人を殺したかった。
世の中がいやになった。
誰でもよかった。



誰でもよかったで殺されたら、
たまらないですよ。


悲しいですね。
実に悲しい。


何が彼をこんな狂気へと駆り立てたのか、
もはや慮る気持ちもありません。


どっと落ち込んでしまいます。


こんな事件に遭遇することなんて考えず、
楽しい休日を過ごそうと、
歩行者天国にいらしたのでしょうね。


お一人お一人の
ご家族や将来のことを考えると、
胸が苦しくなります。


被害者のみな様には、
心からご冥福とお見舞いを申し上げます。





朝からごめんなさい。


さぁ、月曜日。
新しい週が始まりました。

気を取り直して、
元気で楽しく頑張ろうっと!


  

Posted by kts-conweb at 14:31Comments(0)めいさんの日記

死にたくなったら…

2008年05月27日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


昔々、
本当に死のうと思ったことがありました。


死んで汚くなっちゃったらイヤだから、
最後にトイレを済ませておこう。

そう思ってトイレに行きました。


トイレで用を足した時、

ぷ~~っ♪

可愛いおならがでました…




こんな時に!
今から死のうというこんな時に!


なんて情けない音なんだ!


情けなくて情けなくて、
自分がますますイヤになっちゃって、
涙が溢れてとまりませんでした。



だから私は死ぬのだ!
こんなに情けないから死ぬのだ!

だのに…

今から死ぬのに、
ぷ~~っ♪だって!


ぷ~~っ



うふっ。
うふふふふっ。

あは…
あははははは~!



なんだか可笑しくなっちゃって、
遺書書いて、頑張って準備して死ぬのが、
急に馬鹿馬鹿しくなりました。







あれからいろいろあったけど、
来年50歳になります。

イヤになっちゃうことも多いけど、
楽しいことはもっとたくさん。


あの時、
何をそんなに悩んでいたのかさえ、
今となっては詳細に覚えていません。


これは私のささやかな人生の一場面ですが、
もし、

死にたいと思うようなことがあったら、

ぷ~~っ♪ 
の話を思い出してください。


苦しい心とはうらはらに、
あなたの肉体は律儀にちゃんと、生きていますよ。
  
タグ :遺書

Posted by kts-conweb at 11:23Comments(0)めいさんの日記

こんな夢を見た

2008年05月20日
NikiNiki会員 めいさんの日記から


細い一本道を
何も考えずに
てくてく歩いていた。


そのうち、横道が現れたから
横道の先を見てみると
キムタクが手招きをしている。

アッカンベーをしたら、
キムタクが赤鬼に変わって追いかけてきた。


走って逃げた。


ようやく逃げ切ったら
井戸があったので水を飲もうと思って近づいたら
福山雅治さんがいて
しつこくデートに誘われた。


アッカンベーをしたら、
福山雅治さんが青鬼に変わった。


驚いて走って逃げた。


逃げる途中に
右足が罠にかかって倒れた。


あ〜もう福山青鬼に食べられる〜

絶対絶命だと思った時、
女神様が現れた。


女神様が私の背中に光る羽を着けてくれた。

女神様と私は手に手ををとって
空を飛んだ。



飛びながら光の粉を地上に振り撒いて
その光の粉が落ちたところは
お花畑になっていった。


あまり高く速く飛ぶので怖かった。


女神様におうちに帰りたいと言うと

女神様が「お疲れ様」と言って私の手を放した。


きゃ〜
落ちていく〜







というところで目が覚めました。

ものすごくリアルな感じの夢で、
汗びっしょりでした。
  
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Posted by kts-conweb at 13:06Comments(0)めいさんの日記

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